あらためて検証!なぜ、イヌたちは「吠える」のか
獣医師・獣医学博士 臼井玲子

犬は、吠える動物。うれしいにつけ、悲しいにつけ、意思表示のために、さまざまな声を出します。そして、それが、ときには、人にとっては無駄な、困った行動にもなります。無駄吠えという言葉さえあります。しかし、犬にとって無駄な吠えはなく、どれもみな重要な理由があるのです。吠えるというフツーの行動、その奥に秘められた犬の思いにスポットを当ててみました。

【赤ちゃん犬のころ・・・不安で吠える】
生後間もない赤ちゃん犬は、母犬が側を離れると、本能的に危険を察知し、孤独感や寂しさでピイピイ、キャンキャン鳴きます。また、お腹がすいたときも鳴きます。少し成長し、離乳食が食べられるほどに成長した子犬も、単独で置き去りにされると、些細なこと、例えば、カーテンを開ける音にさえ、びっくりして悲鳴のような声を出します。

【問題発生の芽生え・・・最初に吠えたときを意識せよ】
一般的に、問題とされる吠え声は、生後 4から5ヶ月齢のころから始まります。しかし、その声は、まだかわいらしく、飼い主さんも、ご近所さんもさして気に留めていません。ところがやがて・・・「あそこのジョン君は、ほんとうにうるさい。」と、後々、ご近所の有名(迷惑)犬になってしまうのです。しかし、当の飼い主さんにとっては、自分の犬の声は、さして気にならないもの。何の対策もなく、月日は流れ、生後7,8ケ月ごろになると、吠えることは日々習慣化し、すっかり固定してしまいます。飼い主さんが、悩み始めるのは、問題犬がすでに成犬になってからです。問題発生から、半年以上たっている場合が少なくありません。慢性化し、深刻化している場合が多く、手がつけられなくなっている場合も少なくありません。しかし、しかしですよ。それでもまだ、吠え声なんか簡単に直ると思っている人たち・・・多いのです。

【思い知るとき・・・吠えるは咬む前駆症状】
宅急便の配達員に吠える、来客に吠える、家の前を通る人や犬に吠える、散歩中に出会った犬や人に吠えるなど、成犬にとって、よくある悩み。ごく普通にかわいがり、食事を与え、散歩に行っている犬たちによく見られる行動です。 小型犬であれば、吠えたときに、ちょっと抱きかかえれば、制止できます。「犬は、吠えるのが仕事。このくらい元気でなくちゃ。」という優しい来客の言葉をうのみに、漫然と科学的な対策もたてず、日々を無駄に過ごしてしまうのです。それがフツーです。しかし、その犬がちょっとした弾みで、「咬む犬」に豹変するのです。「え、えっ !?・・・うちの犬が・・・」咬まれて、ようやく、自己コントロールできない犬だったことに気づくのです。よくあるパターンです。とくに、幼犬時に体罰や大声をたてられていた場合は、本気になって咬みます。深刻です。

【どんな状況で吠えるのか、どの時期にどう予防する!?】
1. 宅急便の配達員に吠える
来客に吠える犬は、真正面から近づく人に対して、攻撃されていると判断し、威嚇のために吠えます。アナタと配達員とが、面とむかって対応する様子をみて、攻撃し合っていると解釈します。制止する声も攻撃していると解釈。配達員は、配達業務が終われば帰るのですが、犬は、自分が吠えたことで、配達員が撤退したと思い込みます。「ワンワン。私は、なんて優秀な犬なのだろう。今日もしっかり任務完了。ママも『静かに ! 』と大声で、合唱。私たちは、ほんとにいいチームだ。」と、ご満悦。一度、二度と追い払いに成功し、吠えて侵入者を追い払うという習慣が身についていきます。慢性病です。生活習慣病です。度重なるほど、改善は困難です。来客中ずっと吠え続ける犬もいます。ひとたび、訪問客がテーブルにつけば、吠えるのをやめ、帰ろうと再びお客さまが立ち上がると、また吠えだします。予防は、遺伝的におとなしい子犬を入手すること。母犬と少なくとも 7,8週齢過ごした心の安定した子犬を入手することです。そして社会化期に、他の人や訪問客によく慣らすことです。社会化期に人の出入りの多い駅やデパートに連れ出すこともよいでしょう。また、友人に協力してもらい、来客レッスンをしましょう。まず、来客は、犬が興奮しないように、犬に声をかけず、目をみず、飼い主さんと同方向をみて(直視しない)ほんの少し話しをします。そしてすぐに撤退します。次に、滞在時間を数分から、じょじょに延ばし、黙ったままで犬に食べ物を投げ与えます。 食べ物でツルのではなく、安心を示すのです。早期母子分離の犬は、とくに恐がりです。体罰を受けている犬も恐がりです。不安や緊張を緩和するために、食べ物は、効果的です。慣れたら、直接手から食べ物を与えます。犬の状態をみて、静かに声をかけ、少しずつグレードアップし、何回も実施します。 子犬のときに是非練習してください。すぐに適応できます。真正面から近づかれても緊張しないようレッスンすることも必要。アイコンタクトも有効です。訪問客に必要以上に興奮したり緊張したり恐がらなくなります。オスワリさせて、来客を迎えられたら、カッコいいですね。自慢の我がコ (犬)です。練習せずに思春期を迎えてしまった犬は、来客を吠えるようになります。一番はじめに吠えたときに、抱きかかえ 無言で制止します。暴れているうちは、抱いたままにしてください。そして、子犬のときにするべきだった来客レッスンをはじめましょう。すでに吠えることが慢性化している場合は、たくさん時間がかかります。 2,3年放置してしまった場合は・・・ウーン! 努力あるのみ。

2. 家の前を通る犬や人に吠える 
早期母子分離の犬や社会化期に十分に世間に慣れなかった犬は、特定の人や犬を受け入れることができず、追い払おうとして吠えます。また、テリトリー意識が強い犬は、自分のテリトリーを守るために吠えます。通行人は、ただ単に通りすぎるだけなのですが「吠えたので、立ち去った。」と解釈し、通り過ぎたことが報酬となり慢性化します。毎日、通行人を待ちかまえ、自分の日課として活躍する (吠える)ようになります。対策は、軽症であれば、通行人役の友人に、通るたびに食べ物を投げ入れてもらうとよいでしょう。体罰を受けていない犬は、比較的早く順応します。このタイプの犬には、引っ張るオモチャは厳禁です。重症の場合は、通行人が多い時間体に、カーテンやシャッターで遮断し、犬と通行人を直接合わせないようにします。犬の居る場所を変更するのもよいでしょう。吠えることを放置すると、興奮状態が持続し、エスカレートして、だれかれかまわず吠えるようになります。興奮して自分を落ち着かせることができなくなります。こんな場合は、薬物療法も必要です。行動学に精通した獣医師による早めの助けが必要です。

3. 散歩中に出会った犬や人に吠える
社会化が不十分な場合におきます。その他、去勢をしていないオス犬は、要注意です。吠えて興奮し、止めにはいった人が怪我をすることがあります。犬には明確な基準があり、吠える犬 (人)と吠えない犬(人)がいます。すでに成犬で吠える場合は、散歩のルートや時間帯を変更し、吠える犬と出会わないように工夫してください。散歩は、楽しんでこそ、散歩です。イヤな犬に出会って不愉快な思いをさせる必要はありません。イヤなものはイヤなのです。嫌いな犬を嫌いでなくするためには、相当の努力が必要です。最初は、イヤでも嫌いでもなかったのです。何かしら、自分にとって不快なこと、自分の危機を予測するようなことがらに、何度か遭遇し、その犬が大嫌いになったのです。ですから、たとえ一度や二度いいこと (その犬に会うと美味しいオヤツがもらえる)があったとしても、中々、改善しません。一度染み付いてしまった犬の考えを変えることは難しいのです。むしろ、もっとイヤなことを、次々に見つけてしまうのです。そして悪化します。すべての犬と仲良くする必要はありません。すでに、成犬になって好みがしっかりしている犬・・・嫌いな犬がいる犬を無理に仲良くさせようと、いろいろレッスンすることは、あまりおススメしません。社会化期のころ、パピーパーティーなど、他の犬やいろいろな人に慣らすことを体験させるとよいでしょう。社交性のある、気立てのよい犬に育てることが、予防につながります。

4. 食事を催促する犬、子供の食事を狙って吠える犬、ケージから出せと吠える犬
おねだり吠えは、よくあること。「冷たいようだけれど、無視しましょう。」という、アドバイスが多い筈。しかし、よく考えてください。犬がおねだりするようになったのは、何故 ? 最初からだったのでしょうか? はじまったのは何時からだったのでしょう?犬がまだ小さくてかわいかった頃 (今もカワイイ)食事をしながら、ついつい、食事中に食べ物を与えてはいませんでしたか? ご自分の食事の前に、犬に食事を与えていませんでしたか?  帰宅時に、サークル内で、ワンワン吠える犬に「ただいま!!!一日中寂しかったでしょ。」と、犬を興奮させたのは、誰!!! 一目散に駆け寄ったのは誰!!! ワンワンという犬の要求に「はいはい、はい!今度は何をしたらいいの?」と、いつも犬の号令に従っていたのはアナタです。よく気がつく人、気の利いた優しい人、アナタがおねだり犬をつくるのです。おねだり吠えが、習慣化してしまった犬に、いまさら、無視が通用するでしょうか? 「無視」は、「そのままでいいよ。吠えていてもいいよ。」というメッセージにもなりかねないのです。無視は、誤解を生む可能性があります。それに、心優しいアナタが、いまさら無視ができますか?まず、自分の行動を直さなければ、犬を直すことは不可能です。犬の食事はアナタが先。これは、鉄則です (赤ちゃん犬のときは例外)。アナタが先に食事を済ませることで、犬は自然に我慢することを覚えます。自己コントロールさせるのです。精神的に真に大人の犬は、自分自身を律する力をもっています。今や、犬もカワイイだけではつとまりません。社会に受け入れられてこそ、現代(真)の犬なのです。帰宅時には、すぐに犬に声をかけるのではなく、待たせます。うがいや手洗い、着替えを終え、犬が落ち着いた状態になっているときに、はじめて声をかけましょう。犬がバダバタしたり、吠えている最中は、目をみたり声をかけてはいけません。犬が静かになったら、即、声をかけ、抱きしめてください。「落ち着いていれば、声をかけてもらえる。」と、犬が気づくように、行動してください。繰り返すことで、犬は、尻尾をふって我慢し、じっと待てるようになります。ただし、例外を作ると、益々混乱し、吠え続けます。これも、幼犬のころから習慣づけると簡単です。

5.入院やペットホテルで吠える犬
あまりよく知られていないのが、入院ケージ内で吠える犬です。ケージが苦手な犬が少なからずいます。最近では、幼犬時にクレートトレーニングをしている場合が多く、そういう犬は、入院ケージにも比較的容易に順応できます。しかし、老犬時になって、はじめて、入院を余儀なくされた場合は、不慣れな環境にとまどい、ケージ内で吠えます。ケージから出ようとして、ドアを壊そうとする犬もいます。獣医師は、飼い主に余計な心配をかけないよう配慮しています。入院中の吠え声に対しては、飼い主には知らせない場合も多いと推察されます。 ケージ内で、犬は不安で、いてもたってもいられず、吠えています。家族という群から離されたこと、見知らぬ場所、見知らぬ病院スタッフ、身体の不調など、いろいろな不安が重なり、不安定になって吠え続けるのです。入院中は、安定剤や抗不安薬などを使用して、犬の不安をとり除きます。しかし、できれば、順応性の高い社会化期の頃に、ペットホテルや動物病院の入院施設を体験させて、余計な神経を使わなくてすむように、慣らしておきたいものです。社会化期のクレートトレーニングは、必須事項です。

6. 吠える犬を真似る
複数の犬が同居している場合は、一緒に吠えます。その他、吠える犬が決まっていることがあります。とくにテリトリーや恐怖によって吠える場合、他の犬は、静かにしていることがあります。しかし、吠える犬が、不在の場合は、いつもは吠えない他の犬が、吠える犬の代わりをし、同じように吠えます。ですから、今、吠えていないからと安心はできません。また、隣の犬の吠え声をいつも聞いて学習している犬は、お年頃になると、同じように吠えます。吠える犬とは、距離をおいた方が無難です。

【高齢犬への配慮】
高齢になり、昼と夜が逆転し、日中寝て、夜間に吠える犬がいます。夜間の俳諧や吠え声を放置すると、アナタが看病に疲れてしまい、心のゆとりを失くしてしまいます。こんな場合は、獣医師に安定剤や眠剤を処方してもらうとよいでしょう。また、病気や高齢のために、不機嫌そうに鳴く犬がいます。弱弱しく、くうくう鳴き、人の姿を目で追うようなこともあります。痛みや違和感、不快を感じているのでしょう。できる範囲で、そばに付き添い、人生 (犬生)の最後を有意義に過ごさせてやりたいものです。とくに旅立つその日には、いつもとは違った声で吠え、アナタを恋しがります。

【予防に勝る治療なし。有名(迷惑)犬にならないために】
早期治療は医学の常識。問題行動も、早ければ早いほど改善します。ただし不治の病もあれば、難病もあるのです。 犬は、しっかりした価値観をもって吠えます。大切なのは、どんなとき、犬が吠えるのかを前もって熟知することです。母子分離の時期、社会化期の対応はとても大切です。吠えたくなる状況を事前に勉強し、幼犬時から予防してください。はじめて吠えたときに、即対応することが、将来を決定します。繰り返して、犬が吠えるようになってからでは、遅いのです。こじらせてしまったもの、再発したものは、治りにくいのです。吠える犬は他の問題行動も抱えています。早めに行動学に精通した獣医師に相談するのもよいでしよう。

【社会化期の必須トレーニング】
トイレトレーニング、クレートトレーニング、テレビやラジオの音、掃除機・ドライヤー・インターホン、友人・隣人・来客・宅急便、他の動物・赤ちゃん、首輪・リード・散歩の練習、車・電車、薬の飲み方、つめきり・シャンプー、指先・しっぽ・耳など身体のいろいろな場所を触る、お泊りの練習、パピーパーティー、雷の CDなどに慣らす。

【不安解消・・・偉大なる母犬の愛】
不安は、生き延びるために無くてはならないものです。何にでも果敢に挑戦していては、命がいくつあっても足りません。しかし、必要以上の不安は、人間社会で生きていくには不都合です。母子分離が早いと、些細なことに過敏で不安症の犬が多く見られます。不安で恐くて吠えるのです。はじめて体験することを恐がり、枯葉の舞い落ちる音にさえびっくりし、自分を守ろうとして吠えます。早期母子分離は、問題行動の源です。少なくとも、子犬は、生後 7,8週齢まで、母犬や兄弟と同居し、じゃれたり遊んだりして、十分に愛を受け、犬として生きていく基礎を学ばせてください。安定した心の基礎をつくることができます。少々のことにビクビクせずに伸びやかに育ちます。

【散歩を楽しむために・・・社会化期】
社会化期は生後 3週齢から12週齢(または14週齢)ごろ。社会に適応できる基礎ができます。この時期、家庭内だけで過ごすと、社会性が育ちません。社交性をつけるために、散歩は大切です。散歩を楽しむために、一緒に歩く練習を行ってください。食事をする側に、首輪やリードをおきます。よく観察させ、食事のたびに首輪をつけます。こうすると、首輪もリードも安全なものだと認識します。簡単に順応するのが、社会化期の特性。首輪やリードに慣れたら、室内でリードをつけて一緒に歩く練習です。一歩一歩、子犬のペースにあわせ、引っ張るのではなく、一緒に前進します。リードは弛ませます。こうして十分自信がついたら、庭で練習。さらにステップアップして家の前の道で行います。一歩敷地を出るときには、犬を待たせ (マテ)、犬と逆側の足から一歩前進します。ここで、敷地外に出ることを子犬に意識させます。道路にでたら、室内で練習したときのように、一緒にならんで歩きます。リードはたるませて!!歩くことに自信をつけていれば、それほど恐がることもなくスムーズに進めます。 屋外にでると、急に緊張し、地面の匂いをクンクンかぎ、目は、キョロキョロと辺りを気にする動作がみとめられることもあります。これは、実際に匂いを嗅いでいる場合もありますが、多くの場合、カーミングシグナルです。この行動は、犬が緊張している兆候です。自分を落ち着けようと努力している表れです。刺激が多すぎると吠えるので、できるだけ、慣れ親しんだ道を歩くとよいでしょう。犬の気持ちを無視して、どんどん前進したり、吠える犬に出くわしたり、吠える犬がいる家の前を通ると、犬は恐がります。吠えて興奮すると、新たに他の問題行動へと発展します。無理は禁物。